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おばあちゃんのトンカツ

つい数年前まで、(ヤンキーの)同級生に孫ができた!と騒いでいたような気がするけれど、ヤンキーじゃない同級生にもちらほら孫ができ始め、「おじいちゃん」「おばあちゃん」がだんだん板につき始めてきた同世代。
僕は長女が6歳なので、ありがたいことに、まだあと20年は「おじいちゃん」にはならないでしょう。

みんな昔は孫だったのにね。

僕はどちらの祖父母にとっても初孫だったので、4人の祖父母から特別に可愛がってもらいました。

中でも、父の母にはとりわけ可愛がってもらったと思います。
父の父は60代で早くに亡くなり、晩年祖母は一人で暮らしていました。
父が祖母の部屋のある家を新築しても、祖母は一緒に住もうとはしませんでした。

司法浪人中、一人暮らしをしていたアパートから祖母の家までは原付で10分ほど。
僕はときどき祖母の家に遊びに行っていました。
というか、ご飯を食べに行っていました笑。
煮物やおから、鱈のおつまみ――なんでも絶品でした。

そして、祖母はよく話を聞いてくれました。
「あんたは、まぁ〜、よー頑張りんしゃーね。」
30歳を過ぎても、結婚も就職もしていない僕に、そんなふうに優しく声をかけてくれました。

いつも予告なしに行っていたので、
「こげなもんしかないよ、ごめんね」
と言いながら、作り置きのものや、冷蔵庫にあるものでさっと作ってくれた料理を出してくれました。

「来るときは来るって言いなさい」
といつも言うので、一度だけ前もって行くことを伝えたことがあります。

そのとき出てきたのが、トンカツでした。

祖母はとにかく料理が上手でした。
でも、そのトンカツは、なんというか、とても不器用でした。
きっと初めて作ったのではないかと思います。
祖母のトンカツを食べたことがあるのは、多分僕だけです。

僕だけといえば、祖母には僕のほかに3人の男子の孫がいましたが、彼らには「彼女ができたら連れてきなさい」と言っていたそうです。
でも、僕には一度も言いませんでした。

祖母は、
「けんごさんは大丈夫。けんごさんが選ぶ人なら心配ない」
と言ってくれていたそうです。

祖母は膵臓癌で亡くなりました。
両親や妹は、看護師さんから「膵臓癌は苦しむ方が多いから覚悟しておいてください」と言われていたそうですが、入院して間もなく、驚くほどあっさりと亡くなりました。

彼女とお見舞いに行こうと思っていた矢先のことでした。
看護師さんたちは、「よほど生前の行いが良かったんでしょうね」と言っていたそうです。

祖母が亡くなった後、不思議な話を聞きました。
妹がこう言うんです。
「お兄ちゃん、◯子さんとお見舞い行ってくれたっちゃろ?」
「いや、結局行けてないんよ」
と答えると、妹は怪訝そうな顔をして言いました。
「おばあちゃんね、『けんごさんの彼女は背が高くて綺麗な人やった』って言いよったよ」

うちの妻は、今でこそ僕には全然優しくありませんが笑、昔から、僕が大切に思っている人には特に優しく接してくれる人です。
きっと、祖母が入院したときに祈ってくれていたんだと思います。
そして、その祈りを、祖母は受け取ってくれたんだと思います。

いつか父に聞いてみようかな。
「おばあちゃんが作ったトンカツ食べたことある?」

…いや、やっぱりやめとこ。

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