令和7年4月1日より、『特定電気通信による情報の流通によって発生する権利侵害等への対処に関する法律』(通称「情報流通プラットフォーム対処法」、以下「情プラ法」)が施行されました。
この法改正にあたっては、表現の自由への過度な制約となるのではないかとの懸念の声も上がっており、まずは本法の趣旨や具体的な内容について確認することが重要だと考えます。
もともとこの法律は『特定電気通信役務提供者の損害賠償責任の制限及び発信者情報の開示に関する法律』(いわゆるプロバイダ責任制限法)として制定されていました。しかし、SNS上での執拗な誹謗中傷により著名人が命を絶つなど、ネット上の人権侵害が深刻化し、かつ、被害者救済制度の機能不全が顕在化したことを受けて、法改正と名称変更がなされたという経緯があります。
本法は、こうした違法・有害情報に対処するため、いわゆる「大規模プラットフォーム事業者」に対し、①対応の迅速化および②運用状況の透明化に関する措置を義務付けています。
「大規模プラットフォーム事業者」として総務大臣の指定対象となる要件は、以下の通りです:
• ①1年間の平均月間発信者数が1000万人超、または平均月間延べ発信者数が200万人超であること
• ②送信防止措置が技術的に可能であること
• ③権利侵害の発生可能性が低い特定の電気通信役務に該当しないこと
指定された事業者は、以下のような対応が義務付けられます。
1. 対応の迅速化に関する措置
• 削除申出窓口・手続の整備と公表
• 対応体制の整備(十分な知識・経験を有する人材の配置)
• 削除申出への判断および通知(原則、一定期間内)
2. 運用状況の透明化に関する措置
• 削除基準の策定と公表(運用実績の公開を含む)
• 削除時の発信者への通知
これらの措置により、事業者には一定の運用負担が課されることとなり、結果として自主規制が過度になるおそれも否定できません。その意味で、本法は事業者と利用者の双方に対する表現の自由の事実上の制約となりうる面があります。
もっとも、現行の情プラ法には、削除すべき内容について政府が恣意的に定めたり、特定の表現を排除したりするような直接的な義務規定は存在せず、たとえばドイツのNetzDG法(ネットワーク執行法)と比較すると、運用実績の公表が努力義務にとどまるなど、相対的に穏やかな規制にとどまっている点が特徴です。そのため、現時点では、本法の内容自体が、「公共の福祉」との関係において、表現の自由に対する過度な制約に該当するとまではいえないと考えます。
むしろ、削除の基準や対応フローが制度化されることで、恣意的な運用が抑制され、利用者にとっての予見可能性が高まり、利用者側の表現の自由の実質的保障が強化される側面もあるでしょう。
また、プラットフォーム事業者が過度に自主規制を行えば、その魅力が損なわれ、利用者離れが進むことが予想されます。その意味で、事業者に対しては、表現の自由とのバランスを保ちつつ、社会的責任を果たす形での対応が期待されているといえます。
もちろん、今後の法運用次第では、表現の自由が実質的に制約されるおそれも否定できません。しかし、現段階で「政府が都合よく情報統制を進める布石だ」といった見方は、やや穿ちすぎではないかと感じています。
SNSは、誰もが容易に情報発信者となれる一方で、その気軽さとは裏腹に、名誉毀損等による被害は広範かつ瞬時に拡大し、重大な人権侵害を引き起こしうるものです。
オールドメディアが衰退し、ネットメディアの影響力が飛躍的に増している今日において、情報発信者の成熟がそれに追いついていない現実も見逃せません。
自身の発した言葉が、他者を傷つけたり、その信用を毀損する可能性があること。さらに、自らの評価や信用も一瞬で損なわれ、それを回復するのは容易ではないこと。
これらを改めて自覚し、日々の情報発信に臨むべきであると強く感じています。